『追悼集』あれこれ |
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「前半ヨシ 後半ヨシ 合せてマチガイ」
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岡田章の軌跡
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岡田章先生が、東京都立日比谷高等学校を退職されたのは、昭和53年(1978)春、62歳の時です。 ご家族はおられなかったものの、行きつけの店で「グルメ」を楽しみ、旧友や教え子と清遊、お元気に過ごされている、とみんな思っていました。 ところが、平成6年(1994)の暮れ、突然の訃報です。お住まいのマンションでただ一人、という衝撃的なものだったこともあり、翌年初め、菩提寺の東京練馬の得生院で行われたご葬儀には、教え子を中心に二百人を超す人たちが集まりました。 その席で、先生への思いをなんとか形に残せないか、と追悼集が計画されました。一年後、刊行会と編集委員会が発足。三年の月日をかけ、平成11年(1999)夏に、完成しました。 193人の方々からの原稿のほか、写真や漫画、イラストも入り、543頁という大部なもの。刊行日の7月17日には、東京・赤坂の日枝神社で、「岡田章先生を偲ぶ集い」も開かれました。 |
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