「遅れてきた春」 0012
(そう、あの眼だ) 
 男はひとりごちた。 テレーズはあれからぷっつりと消息を断った。あれほど自分にまとわりついていた彼女が煙りのように消えた。東京ではあるまいし、あの街であのようにひとりの人間 が影も形もなくなるとは…。
 しかし男は彼女の innocence は今でも疑うことはない。テレーズの貸してくれた楽器が盗品であったこと、それは事実、が今でも彼女の想いを疑うことはない。
 ただ、純粋とか無垢、そういったものが現実世界ではしばしば大きな混乱と無秩序をもたらしていること、それは男がその後の生活から学習してきたことである。   (あの眼、そういえば列車で会ったあの娘…)

「もーし、お若いの」

呼びとめる声に振り返ると、老婆がいた。
しかも2人…
双児である。