「遅れてきた春」 0020

 やがて後部座席では例によって、エドナとケートのおしゃべりが始まる。お国訛りのイタリア語はほとんど理解不能だ。サカキは黙って知らんフリをしているが、周囲に追っ手の影がないかとチェックは怠らず、周到な計算をしている。
 
(この道路の混雑具合だとセネキオとの約束の6時ぎりぎりになってしまう。だがKindlifresserbrunnen(食人鬼噴水)に直接向かうのは危険過ぎる、そうだ、フレスコバルディ侯爵の力を借りるとするか。オリーブオイルで有名な現在の地位からは想像も出来ないが、大戦中は欧州を又にかけた地下組織を持っていた男だ。どっちみちこの双子のばあさんたちをほったらかしにすることも出来まい。)

  方針が決まったサカキはダビドフのミニシガリロをシガレットケースから取り出すと、サンルーフを少し空けて一服はじめた。

  サカキはどちらかというとキューバ産よりはドミニカ産のものを好む。しつこさがないし、あたりはずれが少ないから性に会うのだ。コイーバ党などからは、結構子供扱いもされるが、気にしない。

  ふだんはじっくりと時間をかけて、お気に入りのNo.2をやるのだが、狭い車内でしかも運転中にシガーカッターなんか取り出せないし、このタバコサイズのシガーもどきをやる。葉の量が少ないから、辛くて口には合わないが、シガレットの紙臭いものよりはましだ。

  そうだ、あの女はどうしているだろう。チューリッヒ行きの車内で会った、じっと相手の目を見て話す癖の、、、


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